天草陶磁器(あまくさとうじき)は熊本県天草地方で焼かれる陶磁器類の総称。日本一といわれる豊富な天草陶石と陶土を使って焼かれる陶磁器です。この「天草陶磁器」は、2003年、国の伝統的工芸品に指定された際に新たに名付けられましたが、内田皿山焼、高浜焼、水の平焼、丸尾焼の四つが主な産地となります。
天草最古の焼き物は、豊臣秀吉の朝鮮出兵で連れ帰った陶工に作らせたものと言われています。優れた陶石の発見に伴い、天草では1650年頃には磁器が焼かれていました。また、この天草陶石の発見に対し、平賀源内(日本のダヴィンチとも言われる発明家)は、海外輸出振興に役立つ天下無双の品と表現し、いち早くブランド化を構想していたという伝承もあります。天草陶石は元禄(1688年~1704年)の頃から砥石として売り出され、正徳(1711年~1716年)の頃からは磁器原料として佐賀、長崎方面に供給され、次第に日本全国へと広がっていきました。ただし、天草は天領(幕府の直轄地)であったため、藩の御用窯的な窯はなく、村毎の庄屋がそれぞれ陶石を売ったり、焼物を焼いたりして、独自に振興をはかっていました。
磁器は純度が高くて良質な天草陶石を使い、透明感のある純白や、柞(いすのき)を使った木灰釉による温かみのある風合いの作品が特徴です。陶器は、性質の異なる釉薬の2重掛けの技法を用いたナマコ釉や黒釉を使った個性的な作品が多く作られています。
参照元:
熊本県伝統工芸館ホームページhttp://kumamoto-kougeikan.jp/kougeihin/cn31/cn28/pg523.html