唐津焼(佐賀県)

 唐津焼(からつやき)は、現在の佐賀県東部・長崎県北部で制作される陶器の総称です。唐津焼の起源は諸説ありますが、1580年頃(室町時代末~桃山時代)、岸岳城城主波多氏の領地で焼かれたことが始まりとされています。本格的な量産が始まったのは、豊臣秀吉による朝鮮出兵の際に連れて帰ってきた朝鮮陶工達から、登り窯、蹴ロクロ、釉薬法など、朝鮮渡来の技術を導入したことがきっかけとなります。唐津港から出荷される唐津焼は、京都・大阪をはじめとする西日本に瞬く間に広がり、西日本では焼き物のことを総称して「からつもの」と呼ぶほどにまで成長しました。桃山時代に茶陶としての地位を確立し、「一楽(京都・楽焼)、二萩(山口県萩市)、三唐津(佐賀県唐津市)」と多くの茶人にも愛され、1591年に没した千利休が、唐津焼の奥高麗茶碗を愛蔵していたと言い伝えられています。

 古来より無機質だった他の産地の焼物に比べ、唐津焼は新しい美しさを持つ陶器でした。それまで主に漏れ止めのためかけられていた釉薬を装飾用に用いるようになり、簡素でありながら味わい深い柄や文様が描かれ、中でも薄茶の素地に草木などが描かれた絵唐津(えからつ)は、日本で初めて筆により文様が描かれた焼物とも言われています。

 原土は砂目の粗い堅い土で鉄分を含むため、素地の焼成色は暗い鼠色になるのが特徴です。絵唐津に加えて、火の状態や生地の鉄分の変化によって色が変わり斑点が出る斑(まだら)唐津や、灰白色と黒飴色の混ざり合った色合いが特徴的な朝鮮唐津、他にも粉引唐津や三島唐津など、時代とともに編み出された様々な技法が現在まで受け継がれており、現在でも70以上の窯元が唐津市内に点在しています。

参照元:
唐津焼窯元ホームページhttp://karatsuyaki-kamamoto.jp/index.html

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